Steam はプロプライエタリなバイナリばかりを配布する邪悪なプラットフォームであるという指摘に対して
はじめに
先日投稿した Steam Deck の衝撃 - 汎用機・自由な OS の革命 という記事に対して、Twitter で表題の件に関する指摘をいただいた。 Steam がプロプライエタリなバイナリばかりを配布する邪悪なプラットフォームであるので、自由ソフトウェアを支持する者がそれを支持するのはいかがなものかという指摘は至極真っ当な指摘であり、正直ぐうの音も出ない。 本記事はそれについてちゃんと言及し、それでもなお、Steam Deck の可能性について期待をしているという見解を示すための投稿である。最初は元の記事に追記しようと思ったが、長文になったため、別の記事を投稿することにした。
Steam の邪悪さ
Steam で配信されるゲームはプロプライエタリ (不自由) な DRM で保護されたプログラムであることは事実である。
Steam で配信されるゲームがどのように DRM が付与されているのかは、私の勉強不足で存じ上げなかったのだが、江添亮氏の本の虫に掲載された以下の記事を紹介していただいた。
Steam へゲームを配信する際に参照する下記のドキュメントにも、ツールの使用方法が掲載されていた。
ゲームに DRM を付与する場合は、Steam が提供するソースコードが公開されていないサーバーサイドで実行される不自由なプログラムを使い、ソースコードから生成したプログラムをラップしたプログラムを生成する。そうして生成されたプログラムをダウンロードし、Steam にアップロードし直すことで DRM が付与されたバイナリ・ブロブがユーザーに配信される仕組みのようだ。つまり、ゲームのソースコードを保有する開発者自身でも生成することができないプログラムがユーザーに配信されることになるようだ。
なお、DRM 自体は Steam でゲームを配信する上での必須事項ではないようで、Steam でも DRM フリーなゲームは販売されている。DRM で保護するかどうかは開発者の選択である。
不自由なプログラムとしてのゲーム
実際問題として、ゲームの開発には膨大な時間やコストがかかる。ソースコードの公開を期待するのは無理筋であると思う。 したがって、我々が一般にプレイしたいゲームとは、そのほとんどは不自由なプログラムであると言える。 DRM も海賊版からデジタル資産を守りたいゲーム開発企業にとっては一般に必要なものなのだろう。
ただ、DRM に関してはよりエシカルな選択肢もある。
エシカルなゲーム配信プラットフォーム
Witcher シリーズや、Cyberpunk 2077 の開発会社でもある CDProject 社は、DRM フリーなゲームを販売する GOG.com というゲーム配信プラットフォームを運営している。
Witcher 3 や Cyberpunk 2077 など、多くの GOTY にノミネートされ受賞するほどのゲームも、GOG.com で購入すれば DRM フリーでゲームを入手することができる。それら (CDProject) のゲームを GOG.com で購入することは、ユーザーにとってのエシカルな選択と言える。 GOG.com でそれらのゲームを購入すれば、中間業者に中抜されることなく、購入金額の 100% を開発者に還元できる上、DRM フリーなゲームを入手することができるのである。(当たり前ではあるが、入手したゲームを他者に渡すようなことは許可されていない。あくまで購入者自身の使用範囲内での自由を尊重しているだけである。)
GOG.com の他に、購入金額の一定割合をチャリティに使うことを選択できる Humble Bundle というゲーム配信プラットフォーム (ゲーム配信プラットフォームと言うと語弊もあるが) もある。ちなみに Humble Bundle は以前はチャリティの寄付額の割合を自由に選択することが可能だったが、現在は一定割合以上しかチャリティに寄付できないようになっている。その仕様改変について議論があったことは記憶に新しい。
話を戻すが、Steam Deck は GOG.com や Humble Bundle で購入したゲームをプレイできなくするような邪悪なことはしない (できない) と思われるため、(現時点で Steam ほど恵まれた環境にないことは棚に上げた上で) DRM に関してのエシカルな選択肢は残されている。
Steam Deck の反響
Reddit や Mastodon などの FLOSS のコミュニティでは Steam Deck に対して批判的なコメントよりも好感的なコメントをするユーザーが圧倒的に多いように見える。
GNU/Linux でゲームをしたいというユーザーは、単純にゲームをプレイしたいだけではない。単純にゲームをプレイしたいだけであれば、PlayStation や Xbox といったゲーム専用機器でゲームをプレイすれば良いし、あらゆる PC ゲームがプレイできる Windows でゲームをプレイすれば良いだけだ。何も苦労して GNU/Linux でゲームをプレイするために様々なトラブルを乗り越える必要はないのだ。Steam Deck に比べて非力ではあるが、GPD WIN という選択肢もある。 それでも Steam Deck の登場に歓声を上げる理由は、それが携帯ゲーム機でゲームをプレイする上で彼らにとって今最もマシな選択肢だからだろう。
ここに面白い現象がある。
GOG.com のコミュニティフォーラムに、GOG Galaxy と呼ばれるゲームの管理やゲームのランチャーとなるクライアントソフトを Linux に対応させてほしいという要望がある。ここには GNU/Linux でゲームはプレイしたいものの、Steam が配信する DRM で保護されたゲームはできればプレイしたくないという倫理的ジレンマを抱えたユーザーが多数いるようだ。そのスレッドに、今、Steam Deck でそれを使用したいからという理由による対応要望コメントが増えているのだ。
Release GOG Galaxy 2.0 for Linux - GOG.com
Release the GOG Galaxy client for linux - GOG.com
例えばこれが PlayStation のコミュニティフォーラムだった場合、「Nintendo Switch でもゲームをプレイできるようにしてほしい」という要望は上がるだろうか。ユーザーはできる相談とできない相談の境界をわきまえている。このような要望が上がるということは、ユーザーがその可能性を信じていることに他ならない。先の記事 で言及したように、Steam Deck が GNU/Linux を採用しているからこそ、その可能性が信じられるのだ。
また、競合他社であるはずの Epic Games の CEO が Steam Deck を称賛しているという記事もあった。Lutris などを使用することで Epic Games で購入したゲームも Steam Deck でプレイできることが称賛の文脈にあるのだろう。
Epicのティム・スウィーニーが「Steam Deck」は「Valveの素晴らしい戦略」と賞賛
私はこれが Steam Deck が開いた GNU/Linux ゲーミングの未来への扉だと思う。Steam Deck は競合他社をも巻き込み自らの舞台に立たせているのだ。 GNU/Linux で今日のようにゲームができるようになったのは、Steam による功績が大きく、他社もそれに追従し、さらなる発展を遂げつつある。 Steam Deck が今度は GNU/Linux のモバイルゲーミングの未来を切り開く先駆者になるように思える。
最後に
GNU プロジェクトの生みの親で、自由ソフトウエア運動の先駆者でもあるリチャード・ストールマン氏が、不自由で DRM で保護されたゲームが GNU/Linux にやってくることについてのインタビューがあった。
Nonfree DRM'd Games on GNU/Linux: Good or Bad? - GNU Project - Free Software Foundation
これも同じく江添亮氏の本の虫に掲載された以下の記事で言及がある。
かのリチャード・ストールマン氏でさえ、悪よりも善が大きいとも言及しているのだ。
それが例え一部の自由であっても、ユーザーがよりエシカルな選択ができるようになることは喜ばしいことである。Steam Deck にはその一翼を担うことを期待したい。 また、先のインタビュー記事にも言及されているとおり、クラウドファウンディングなどを通して、商業的にも成功を収める自由なゲームの登場する未来が訪れたらさらに喜ばしいことだ。
以上。