自由のなる木

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公開日
2021-09-30

stallmansupport.org の「儀式的誹謗中傷の手口」を翻訳した

stallmansupport.org儀式的誹謗中傷の手口を翻訳した。

リポジトリの記録を見ると 6 月 18 日に最初のコミットをしているようなので、作業を開始してから公開するまでに 3 ヶ月以上かかってしまった。1

stallmansupport.org とは

2021 年 3 月、リチャード・ストールマン氏が FSF 理事に復帰することなどに対して、テック企業や団体から公開書簡という形で反対の声明が公開された。

An open letter to remove Richard M. Stallman from all leadership positions

これに対して、リチャード・ストールマン氏が FSF 理事に復帰することを歓迎したり、復帰を反対する声明に納得がいかなかったりした有志が集い、リチャード・ストールマン氏を支援する声明が公開書簡 (以下、support-letter という) という形で公開された。

An open letter in support of Richard M. Stallman

この件についてはいろいろ語れることがあるのだが、時期を逸してしまったので詳細は省く。

私は後者の support-letter に共感したため、support-letter に署名をした。

support-letter から少し遅れて、stallmansupport.org が公開された。

翻訳に携っても詳細はわからなかったのだが、stallmansupport.org はリチャード・ストールマン氏に親しい間柄の人々によって運営されているウェブサイトのようだ。

リチャード・ストールマン氏本人も認知し、言及もしているため、リチャード・ストールマン氏の (ほぼ) 公式支援ウェブサイトと言って差し支えがないと思われる。

support-letter は署名の方法 (Pull Request によって署名) も含め、議論、ホスティングなどのほとんどで GitHub が活用されている。

一方、stallmansupport.org ではクローズドソースな SaaS である GitHub を使うことを良しとしない自由ソフトウェア支持者達のために、GitHub を使わずに support-letter に署名する方法を懇切丁寧に説明したページなどもあるし2、CC-BY-SA 4.0 のライセンスで各文書が公開されていたり、自由な JavaScript のみを使用していたりなど、GNU の理念に沿ったウェブサイトになっている。

翻訳することになった経緯

support-letter の公開と同時に、同志達の集うコミュニティが発足した。3

私も署名後にそのコミュニティに参加した。

ほぼ ROM だったが。

そのコミュニティにて、support-letter の中心的メンバである 6r1d 氏が stallmansupport.org の記事を翻訳してくれるメンバを募集し始めた。

そこで私は日本語訳の担当になりたいと手を上げた。

ちなみに、6r1d 氏は私が翻訳した文書 (The Practice of Ritual Defamation) をロシア語に翻訳している。

手を上げた後、Matrix で個人的なやり取りが始まり、雑談もしつつ、日本語版翻訳プロジェクトの進め方についての確認をした。

最後に stallmansupport.org のウェブサイト管理者に連絡をしてもらい、翻訳作業を開始することになった。

翻訳作業

"The Practice of Ritual Defamation" の翻訳は正直なところ私には非常に難しかった。

技術文書であれば何とかなったのだが、見慣れない単語や表現が多く含まれたエッセイであり、一文も長く、日本語に直訳すると意味がさっぱりわからない文章になってしまった。

特に前半の部分に関しては、原文の意図を良く読み取り、日本語として成立するように再構築しなければすんなり読める文章にはならなかった。

私はまだまだそのような能力が不足していることもあり、今振り返ると最初の版は滅茶苦茶だったと思う。

翻訳の校正

翻訳された文書は日本語のネイティブスピーカーからの校正が必須だった。

私には校正を依頼できるような人脈がなかったので、stallmansupport.org のウェブサイト管理者の推薦で、漆畑晶氏を紹介していただいた。

私はこの方と面識がなかったのだが、自己紹介のやり取りや、インターネット上の情報を見て、漆畑氏は古くから GNU の活動に貢献しているエンジニアだということがわかった。

また、リチャード・ストールマン氏が来日した際には通訳を担当したり、GNU のメーリングリストで議論をしたりなど、英語力も確かである人だということもわかった。

漆畑氏が公開した文書に「論語とコンピュータ」という文書がある。

このようにオリジナリティがあり、骨太で、自由ソフトウェアを語る文書は、昨今あまり見掛けていなかったように思う。

また、この文書の文章は、日本語の文章としても美しく、すぐに魅了された。

漆畑氏は率直に翻訳のダメ出しをしてくれた。

何度かメールで校正と修正のやり取りをして、この翻訳は完成した。

独力で作成した初版と比較して、校正の入った最終版は圧倒的に読み易く、わかりやすい文書になった。

出来上がった文書は、独力では作れなかったものだ。

漆畑氏が校正を担当してくれたことは幸運だった。

また、漆畑氏からは英語の学習方法、自由ソフトウェアへの貢献方法、GNU/Linux の学び方、儀式的誹謗中傷に関連する時事ニュースの見解のやり取りなど、翻訳とは直接関係のないやり取りもさせていただいた。

いただいたアドバイスにも大変感謝している。4

儀式的誹謗中傷の手口

最後にこの文書について紹介をする。

詳細は文書に讓ることにするが、儀式的誹謗中傷とは悪意を持って儀式的に実行される誹謗中傷のことで、リチャード・ストールマン氏が MIT や FSF の要職から追われることになった事件で攻撃された手法と酷似している。

リチャード・ストールマン氏は、実際にエプスタイン事件に関与したわけではないが、エプスタイン事件に関与したとされる故マービン・ミンスキー氏に関する報道に対し、MIT のメーリングリストで自身の見解を述べた。

その発言が事実とは異なる形で、悪意を持って捏造されたまま報道されることとなり、FSF や MIT の要職を追われることになった。

リチャード・ストールマン氏は良くも悪くも客観的で忖度のないストレートな発言をする。

時にこれが誤解を招くことがある。

この騒動ではこれが仇となってしまった。

事の顛末については GIGAZINE の下記の記事が参考になる。

著名なフリーソフト活動家が一通のメールで役職辞任に追い込まれたことに「危険な動きだ」と批判が寄せられる

ちなみに 6r1d 氏にこの記事を紹介したところ「日本には本物のメディアがあるのか…!マジか、すげーよ!」と驚嘆していた。

昨今、行き過ぎたポリティカル・コレクトネスが国際問題化している。

日本でも儀式的誹謗中傷の定義とは厳密に一致していないまでも、それと似た様相を呈した個人攻撃が見られることがある。

自分が意図しない形で被害者になる可能性も、加害者になる可能性もある。

その時に備え、知識として儀式的誹謗中傷の手口を知っておくことは無駄にはならない。

儀式的誹謗中傷の手口を読んで、翻訳の誤りがあったり、より良い訳があったりすれば、文書に反映するので気兼ねなくご連絡いただきたい。

以上。


  1. 実作業というよりも、公開待ちの時間や調整に時間がかかった。 

  2. 私は普通のプログラマで自由ソフトウェア原理主義者にはなれていないので、普通に GitHub を使って署名した。 

  3. 署名活動が完了した今は自由ソフトウェアの支持者達の汎用的なコミュニティとして維持され、Cyber Lounge を運営している。 

  4. 以来、私は漆畑氏を「先生」と呼ばせてもらうことにした。