契約交渉よりも顧客との協調を
次は「契約交渉よりも顧客との協調を」です。
この宣言はアジャイルマニフェストをアジャイルマニフェストたらしめている最もユニークな宣言であると考えています。
顧客は仲間
「アジャイル宣言の背後にある原則」には顧客に関する原則として下記の文章が掲載されています。
顧客満足を最優先し、
価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。
要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。
変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。
ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して
日々一緒に働かなければなりません。
https://agilemanifesto.org/iso/ja/principles.html
遠回りではあるものの、暗に顧客は仲間であると謳っている点がアジャイルマニフェストのユニークな点です。
顧客の視点
「所変われば品変わる」ということわざがあります。
土地が違っていれば、風俗や習慣が変わってくるという意味のことわざです。
そこから「立場違えば景色も変わる」といった派生した言葉も生まれています。
例え日々一緒に働いていたとしても、顧客を取り巻く環境は、開発者を取り巻く環境とは異なるものです。
ただ、達成するための手段こそ違えど、アジャイルでは動くソフトウェアを通じて同一の目的と目標を共有します。
アジャイルマニフェストで言う価値のあるソフトウェアとは、ビジネスや社会にとって価値のあるソフトウェアのことです。
価値のあるソフトウェアを作るためには開発者の視点に加えて顧客の視点も必要です。
顧客と共に働くことは顧客の視点を獲得するチャンスであり、ビジネスや社会にとって価値のあるソフトウェアとは何かを知るチャンスです。
幸い私はパソコンインストラクター、Web 制作会社の企画営業などの職種も経験していたことがあり、顧客に最も近い立場で仕事をしてきた経験があります。
顧客からのフィードバックを直接受けることができたり、顧客が求めていることを考えたり提案したりすることを経験すると、自分に欠けている視点があることに気付かされます。
ところがプログラマになってみると、そのような環境は当たり前の環境ではないということがわかりました。
顧客と全く関わらない現場が想像以上に多かったのです。
また、私は顧客に寄り添えるプログラマであると自負していたものの、顧客から離れて仕事をし続けると、美しいプログラム、綺麗なアーキテクチャ、最先端の技法など、必ずしもビジネスや社会にとって価値があるとは言い切れない部分に傾倒したり、顧客が理解できない専門用語を多用するようになる傾向が出てきました。
今は顧客側に技術に理解のある人や技術者が増えてきていることもあり、それであまり困ることはなくなってきていることは事実ですが、どのアジャイルの現場でも第一線で活躍しようと思った場合、顧客の立場に立って物事を見たり、プレゼンテーションする能力も失ってはならないと思います。
顧客との距離が遠い期間が長くなると、顧客の気持ちがわからなくなっていく恐ろしさを感じました。
顧客との相互作用
最初の宣言に戻りますが、相互作用の範囲には顧客との相互作用も含まれます。
また、繰り返しになりますが、顧客の御用聞きをするだけでは相互作用とは言えません。
顧客に対して考えの変化や行動の変化を促せるようになって初めて相互作用と言えます。
最近、羽山祥樹さんが書かれた『「顧客の声を聞かない」とはどういうことか』というスライドが話題になりましたが、顧客との相互作用を起こす上でのヒントが詰まっているスライドだと思いますので、ぜひご一読ください。
顧客との相互作用の中心にも動くソフトウェアがあります。
開発者視点だけでは見失われがちではありますが、その前提に立つと、SLO (サービスレベル目標) やビジネス KPI (重要業績評価指標) などの目標や指標を顧客と共に科学的に分析できるようにソフトウェアを設計・実装することも非常に重要な取り組みであることに気づきました。
開発者と顧客にも弁証法的発展が生まれる場合があります。
架空の例を上げましょう。
顧客は製品を成功させるために、すでに成功している例の多いモデルを模倣したソフトウェアを作りたいと主張しました。(テーゼ)
開発者はこれに対し、まだ世に出ていない新しいテクノロジーを基本とした製品が成功する製品であると主張しました。(アンチテーゼ)
両者の矛盾を解決するために、最も重要な機能には新しいテクノロジーを導入し、それ以外はすでに成功しているモデルを模倣することにしました。(アウフヘーベン)
開発者は顧客からビジネスを学び、顧客は開発者からテクノロジーを学ぶことで、開発者と顧客が弁証法的発展を遂げる例です。
この原則から学べる仕事をするうえで大切なこと
最後にまとめます。
この原則からは、自分とは異なる立場・文化の人から知識を吸収すること、自分とは異なる立場・文化の視点で物事を観察すること、自分とは異なる立場・文化の人との間で共通の目標を立て共闘することの意義や喜びを学ぶことができます。